京都地方裁判所 昭和41年(ヨ)242号 判決 1970年1月23日
申請人
安藤雅夫
代理人
柴田茲行
外四名
被申請人
医療法人健康会
代理人
松本健男
主文
本件申請を棄却する。
申請費用は申請人の負担とする。
事実《省略》
理由
一申請の理由一の事実並びに被申請人主張の二、(四)の事実中、昭和四〇年一一月二九日、日本共産党南病院細胞名義のビラが、被申請人の役職員以外の従業員住宅へ郵送配布されたこと、申請人が右細胞の細胞長であつたこと、日本共産党南地区委員会本野哲郎外二名名義のビラが被申請人病院附近一帯に配布されたこと、被申請人は申請人に対し自宅待機を命じたことは当事者間に争いがない。
二被申請人が申請人を懲戒解雇するに至つた経緯についての判断
(一) <証拠>によれば次の事実が認められる。
1 昭和三五年七月頃、京都市下京区の民主的医療機関合同で統一センター病院を建設しようという計画が起つたが、他の医療機関は資金不足により統一センター病院に参加できなくなつたので、従前の施設が老朽化し、狭隘であつたため、満足な診療活動に支障を来たしていた被申請人は、昭和三六年四月二〇日の理事会において、被申請人が単独で敷地を確保し、新病院を建設することを決定した。被申請人は、建設資金の融資について医療金融公庫へ融資申請をしたが、却下されたため、昭和三九年六月二九日の理事会において、弁済期間一〇年、元利均等弁済、年利七分の条件で建設資金の三分の二に当る約一億一千万円を住宅公団から借入れ、同公団で建設することを決定し、同年一二月四日の理事会において、新病院の規模、設備につき、総合病院、病床一八〇、冷暖房完備、地下一階、地上三階の延面積一、一〇〇坪余を病院として使用し、四階以上は住宅公団の住宅であるが、看護婦や医師の住宅として優先的に借用することを、昭和四〇年三月二六日の理事会において、建設業者は岡組で、建設着工時期を同年四月とし、病院の建設計画及び予算を修正し、建設費の不足分を右業者が立替えることをそれぞれ決定し、同年四月一〇日着工した。
2 申請人においては理事会の下に管理委員会があり、理事会で決定された方針に基づき管理委員会で具体的細目を決定していた。
(二) <証拠>によれば(前記争いのない事実を含む。)申請人は、経理部長として事務長の指揮の下に被申請人における経理を担当し、その権限は予算の立案、金銭出納、金融、給与計算等で、銀行からの金銭借入の準備接衝のうち、多額の借入と借用期間が長期にわたるものを除き申請人が担当していたこと、管理委員会に常時出席し発言する権限があり、新病院建設に関する予算面の企画立案に関与し、管理委員会に常時出席し、建設資金調達計画の作成に終始参加していたことが認められ、<証拠>中右認定に反する部分は、前記各証拠に比照して信用することができない。
(三) <証拠>を総合すると次の事実が認められる。(前記争いのない事実を含む。)
1 昭和四〇年九月ごろ、申請人は、管理委員会の席上で突如新病院建設に批判的な発言をしたが、意見は別として建設業務の遂行には責任をもつ旨確約した。同年一一月二九日、すでに新病院の地下工事や鉄骨組立が完了し、建設の撤回が不可能であつた段楷において、日本共産党南病院細胞名義の「新病院建設は何をもたらすか」と題するビラが被申請人の役職員以外の従業員の住宅に郵送された。右ビラには要旨として「新病院建設についての経営上の計画は職員には明らかにされていないが、その実態は自己資金はなく、二億三千万円を越す住宅公団、建築業者、商社および銀行からの借金で行われ、毎月三五〇万円以上の返済金と利息を払わねばならない。病院の管理者が地域人民と職員の財産である病院を独占資本の搾取と収奪の中へ投じてしまえば、その経営方針は大資本の力に左右され、職員の労働条件は、労働強化と資本家的合理化によつて悪化し、実質賃金は低下し、地域の患者からは南病院は不親切だとの声があがつている現状に一層輪をかける状態になることは必然である。」ということが記載されていた。
そして、同月三〇日の常任管理委員会において、右細胞の細胞長である申請人は「このビラは私の責任において配布したのであるから、一切の責任は私にある」旨述べた。
同年一二月二日の常任管理委員会において右ビラは被申請人に対する破壊活動である旨の決議がなされた。
2 同年一二月三日日本共産党南地区委員会本野哲郎外二名名義の「みんなの健康を守る親切でよい病院からもうけ主義に変る南病院、共産党はなぜ浅川・タカノ理事を南病院から引上げさしたか」と題するビラが被申請人の病院附近一帯に配布された。
右ビラには要旨として「新病院の建設資金二億三千万円余りは全部借金である。今でも五千万円余りの借金をかかえているのに、一億三千万円を住宅公団から十年で、五千万円を現在工事を請負つている岡組から五年でさらに五千万円を江商など大商事会社から五年でその上銀行からも多額の借金をするという計画である。民間の病院が一度にこんな大規模な建築を全部借金でやるのはむちやなやり方である。その借金返済に毎月三五〇万円の金が必要であり現在の借金を含めると何と五〇〇万円にも及ぶ借金返済と利息に追いまくられる。大資本や大業者の借金の力によるこのようなやり方では、職員の生活と権利は全く保障の見通しはたたず今まで以上にひどいもうけ主義の病院となり、人民の病院から逆に経営のために地域の住民を利用しようという状態になってしまう。」ということが記載されていた。そこで、同月四日の緊急管理委員会において、右ビラは前回以上の被申請人に対する重大な破壊活動であることが確認されたが、申請人は「右ビラの内容は正しいので支持する。公道でビラをまくのは自由である。」と発言した。
3 被申請人は、直ちに右の緊急管理委員会において、申請人に対し経理部長を解任し、賞罰委員会において処分の結論が出るまで自宅待機させることを決定し、翌五日の緊急理事会において右決定を承認し、その旨申請人に通知した。ところが、申請人は、同月六日から数回にわたり、右業務命令は不当だと称して被申請人南病院に入り待合室において、患者等に対し被申請人病院の悪口を言い、被申請人の事務長であった永井武の自宅待機命令に服すべき旨の説得に応ぜず、注意した同総務部長であつた米沢鉄志と口論となり、申請人は「共産党が造つた病院をお前等が乗取つたのだから、自分等の意見は正しい」と大声でどなり、退去勧告に応じなかつた。
4 そこで、被申請人は同月八日の賞罰委員会において、申請人の行為は、経理部長として参画し、承認して来た新病院の建設が変更不可能な状態に至つたのを知りながら、理事会及び管理委員会の決定に反して、突然意見をひるがえし病院を破壊しようとしたものであり業務に重大な支障を来たし、職員に迷惑をかけ、被申請人に重大な損害を与えた上、名誉を著しく傷つけたものである旨報告検討の後、翌九日の右委員会において申請人の弁明として、前記緊急管理委員会におけるのと同趣旨の陳述を聞いた上、申請人の行為は労働協約第三三条第二項第二、第三、第五、第六、第八号に該当するものとして申請人を懲戒解雇にすることを決定し、同月一二日の理事会において、右解雇決定を承認し、同月二二日被申請人の南病院労働組合の同意を得、同月二四日申請人に対し懲戒解雇する旨通告した。
5 <証拠>中以上の認定に反する部分は前記証拠に比照して信用できない。
三本件解雇事由の存否、並びに、申請人の行為が労働協約に基づく懲戒解雇理由に該当するか否かの判断
(一) 被申請人南病院と南病院労組間には労働協約があり、申請人が本件に関してその適用を受けることは、口頭弁論の全趣旨から、当事者間に争いがない。そして、<証拠>によると、労働協約第二九条に病院は職員が次の各号に該当するときは組合の同意を得て解雇する。同条第一号に懲戒解雇を決定したときと規定され、同第三三条第二項に懲罰として1正当な理由なく無届欠勤十日以上のとき、2職務上知り得た業務上の機密をもらし病院に重大な損害を与えたとき3職員に危害及び損害を与え又は病院の名誉を著しく毀損したとき、4組合から処罰を受けたとき、5業務上正当な理由なく上長の命に従わなかつたとき、6必要な注意を怠り業務に支障を来たし、又は設備機械等を破損したとき、7経歴を偽り不正手段で勤務したもの、8その他各号に準ずる不都合な行為のあつたもの、と規定されている。
(二) <証拠>を総合すると、一一月二九日に郵送されたビラ及び、一二月三日に配布されたビラに記載された事項のうち、新病院の総工事費が二億三千万円でその殆どが借入金であることは被申請人職員間に公開されていたが、その他の詳細な借入先、借入金額借入条件等は、理事会及び管理委員会に報告されただけで、職員に対しては秘密にされていた。その中で接渉中のものは、事務長、副事務長、総務部長、経理部長、庶務係長だけしか知らなかつた。前者のビラに記載されていた「商社および銀行からの借金で行われ」ということと後者のビラに記載されていた「岡組から五年で、さらに五千万円を江商など大商事会社から五年で、その上銀行からも多額の借金をするという計画である。」ということについては、まだ接渉中だつたので、管理委員会、理事会にはその経過だけが報告され、詳細な数字は報告されていなかつたことが認められ、<証拠>中以上の認定に反する部分は前記証拠に比照して信用できない。一般企業体において、資金の借入先やその具体的内容が機密事項とされていることは首肯できることであり、それは病院企業においても例外ではないと考えられるところ、以上の事実から右各ビラに記載されていた新病院建設資金に関する借入及び弁済方法に関する事項は被申請人の業務上の機密に属したものと言わざるを得ない。
2 さらに、当事者間に争いのない事実、及び、前記認定の、申請人は被申請人の経理部長として新病院建設計画に終始参画し、建設資金融資業務の担当者であり、融資内容を熟知していたこと、申請人は日本共産党南病院細胞の細胞長であつたこと、前記ビラの名義が前者は日本共産党南病院細胞、後者は日本共産党南地区委員会本野哲郎外二名であつたこと、申請人が管理委員会及び賞罰委員会の席上、前者のビラは申請人の責任において配布したものであり、後者のビラの内容は正しいから支持する旨それぞれ発言したこと、前記調達接渉中の事項を知つていた事務長等のうち申請人以外の者がその事項を外部にもらした形跡が認められないこと、ならびに、前者のビラには永井事務長が申請人に進退伺いを勧告した際の両者の問答が具体的に記載されていることを総合すると、申請人は右各ビラの作成に際し、資料を提出し前記の職務上知り得た機密を作成者にもらしたものであり、かつ、前者のビラの作成配布は申請人関与の下になされたものと、いちおう認めることができる。そうすると、申請人の行為は、労働協約第三三条第二項第二号の要件の一部である現実に重大な損害を与えたものであることの疏明はないけれども、要件の他の一部には該当する。
(三) <証拠>によると、申請人がビラの配布に関与したことによつて、その配布が被申請人の主に低所得者層を対象にして行つて来たいわゆる民主医療機関としての基本的性格が大資本と結託してもうけ主義に走るように変質したかのような疑惑と不安感を職員、患者、及び、世人に与えるおそれがあるものとして、被申請人経営者らが重大な打撃を被つたことが認められる。これは被申請人の名誉を著しく毀損したものと言うべく、同項第三号後段の要件に該当するものである。
(四) 既に認定したように、申請人は業務上の機密をもらしたとの嫌疑のもとに賞罰委員会の審査を受けることに決した以上、同人を機密事項にも関与すべき通常業務に就くことを禁じた本件自宅待機命令は業務上の命令として首肯できるところ、前記(二)、(三)3で認定したように、申請人が右待機命令に服さず南病院待合室において、患者等に対し被申請人の悪口を言い、事務長及び総務部長の退去勧告に応じなかつたことは、同項第五号の業務上正当な理由なく上長の命に従わなかつたときに該当するものである。
(五) そこで、申請人の懲罰該当の所為に対し、協約に定める各種懲戒のうち最高の懲戒解雇を選択した被申請人の処分が、申請人主張のように、懲戒権の濫用であるかどうかを考えると被申請人にとつて新病院建設はその存立にかかわるほどの重大な業務であつたこと、ならびに、申請人は、その企画、立案などに終始参与し、右建設に批判的意見を表明した後も意見は別として建設業務の遂行には協力する旨確約したにもかかわらず、建設遂行がすでに動かせない段楷において、そのことを知りながら、敢えて、従前の被申請人における地位、および、それによつて得た知識を逆用して、右建設を妨害、ないし、阻止しようとする行動に加担し、その後も柳かの反省の情もなく、右の態度を固執したものであつたことその他前記懲戒該当行為の態様及び情状を考察するならば、その行為は、被申請人に対する重大な背信、かつ反逆であり、従前の貢献を張消しにするほどの性質を帯有していたというべきであるから、被申請人が申請人を企業体から排除するほかはないと断定し、退職金を支給しない即時解雇に該る懲戒解雇をもつて処分したことは、必ずしも、懲戒権の濫用であるとは解し難い。
申請人は、本件解雇は、申請人が日本共産党に所属し、同党の政治活動を支持する旨表明したことが真の理由であるというけれども、前掲米沢証人の証言によれば、被申請人においては右政党員の政治活動は従前から許容されており、同党に所属すると目され、申請人に同調的であつた、藤本久一、西原はる、松原某、森田某らは解雇されなかつたことが認められるばかりでなく、前顕各証拠によれば、申請人主張のような理由で解雇されたものでないことが窺われるから、申請人の本件解雇が憲法、労基法、民法第九〇条に違反する旨の主張は到底採用し難い。
四結論
以上説示のとおり、本件懲戒解雇が無効であつて、申請人が被申請人の職員たる地位を有する旨の、本件被保全権利の存在を肯認することができないから、その他の争点を判断するまでもなく、本件申請を理由のないものとして棄却することとし、申請費用の負担につき民訴法第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(東民夫 上野利隆 河原畑亮一)